最高裁判所第三小法廷 昭和55年(あ)119号 決定 1980年7月15日
主文
本件上告を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人熊本進吾の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、自動車販売会社から所有権留保の特約付割賦売買契約に基づいて引渡を受けた三台の貨物自動車を、右会社に無断で、金融業者に対し自己の借入金の担保として提供した被告人の本件各所為が、横領罪に該当するとした原判断は相当である。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(伊藤正己 環昌一 横井大三 寺田治郎)
弁護人熊本進吾の上告趣意
第一点 原判決は明らかに判決に影響を及ぼす法令適用の誤りがあり、これを破棄すべきものである。
原判決は所有権留保約定付売買契約にもとづいて引渡しを受けた自動車三台をその割賦代金が未払いのうちに被告人が金融業者に対し担保として供したことをもつてこれを横領罪に該当するとした。
この種事案においては昭和九年七月一九日大審院第一刑事部判決(刑集一三巻一四号一〇四三頁)が横領罪が成立するとしているが、この判例は所有権留保約定付売買が一般化される以前のものであり、留保付売買を担保権的にとらえる近時の学説から見て当然変更されるべきである。
近時の学説はこれに対して担保的視点でとらえる立場からの反論も強い。
所有権留保約定付割賦販売は売主には担保物の確保ないし掴取に力を与え売主の利益は大きくなるに反して買主は相当の不利益を負担しなければならない。この点の公平を考えるなら、売主は形式的には所有者であるが、実質的には買主が所有者であり売主は割賦債権保全のため担保権を設定しておるにすぎないと解すべきであり、債権担保のため物件の所有権に移転しながら、その占有を債務者の手許に留めておく譲渡担保となんら差異はないものと言ふべきである。
譲渡担保に関しては債務者(売主)の弁済期前の処分について横領罪の成立を否定する判例(大審院昭和八年一一月九日新聞三六四三号九頁)があり、所有権留保売買もこれと同様に解すべきである。
本件の場合実質的に所有権は被告人にあり、本件自動車は他人の物ではない。従つて右自動車を担保に差入れたことは横領罪に該当しない。この点において原判決は明らかに法令の適用を誤つたものであり、右誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるので破棄を免かれない。<以下、省略>
原判決理由<抄>
(広島高裁昭五四(う)第一四一号、昭54.12.24刑事第四部判決)
論旨第一点(法令適用の誤りの主張)について。
論旨は、要するに、原判決は被告人の原判示各所為がいずれも横領罪に該当するものとしているが、原判示の如き所有権留保約定付の割賦売買契約において、売主は割賦債権を保全するため、その目的物に担保権を設定しているにすぎないのであつて、それ故、目的物の所有権はこれを実質的、現実的に考察する限り、引渡しと同時に買主に帰属するものと解するのが相当である、してみれば、被告人の原判示各所為は、他人の物の処分ではなく、何ら横領罪に該当する謂れはないから、同罪の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りが存するものというべく破棄を免れない、というに帰する。
そこで検討するに、本件の事実関係は原判決の認定判示するとおりであつて、なお若干補足して記述してみると、被告人は昭和五〇年一〇月二七日、三〇日の二回に亘り、千葉三菱ふそう自動車販売株式会社(以下、三菱ふそうと略す。)との間で、原判示自動車三台を含む合計四台の四トン積貨物自動車(現金価格は一台二六〇万七〇〇〇円、本件における割賦販売価格は一台三〇五万五九五円)について、それぞれ代金完済までは所有権を三菱ふそうに留保し、代金は翌五一年二月以降二四回の月賦払いとする旨の約定のもとに売買契約を締結し、その後間もなく、右自動車四台の引渡しを受けたものであるところ、各自動車につき翌五一年二月から同年四月までそれぞれ三回分の割賦代金を約定どおり支払つたものの、その後は資金不足のために約定に従つた支払いができず、同年一一月二〇日ころには銀行取引停止処分を受けるに至つて、結局、各自動車につきそれぞれ合計約六四万円(四台分の総計で二五五万八三八〇円)を支払つたのみでその余は未払いの状態であつたにも拘らず、うち原判示の三台の自動車を、三菱ふそうに無断で、昭和五一年四月二〇日、同年八月三〇日及び翌五二年一一月二八日に、それぞれ金融業者に対して自己の借入金の担保として提供した、というものである。このような事実関係によれば、原判示貨物自動車三台の所有権が三菱ふそうに帰属していたことは明らかであつて、これを同社に無断で、他に担保として供した被告人の原判示各所為がそれぞれ横領罪に該当することは到底否定できないところであるから、同罪の成立を認めた原判決は正当というべきである。所論は割賦販売における売主の所有権留保特約の担保的機能を強調し、目的物の所有権の帰属はその実態に即して判定すべきであるというのであつて傾聴すべき点もないではないが、少なくとも本件に関する限り各自動車の所有権が三菱ふそうであつたことは否み難いところであるから右所論は採るを得ない。原判決に所論の如き法令適用の誤りは見出せず、論旨は理由がない。